バレラダアンソロのボツ
- 2016/07/11 10:56
昔バレラダアンソロに寄稿させて頂いた小説のラダマンティス視点のやつ。冒頭部分だけだけど。
つづきも頭の中では出来上がってて書きたいんだけどなぁ・・・キーボートのカチカチ音で息子が起きる・・・息子よ・・・オムツにどれだけ小や大をしても気にしないのに、どうして音にはそんなに敏感なんだ…。
それは気のせいとして流すにはあまりにも頻繁すぎた。数か月前程から何気なく感じていた視線。尾行や監察の類ではない、悪意は感じなかった。何よりその視線の主はあまりに身近にいて、信頼している人物だったので、さほど気にしていなかった。言いたいことがあるのならその内切り出すだろうと、そう思っていた。
しかしいくら待ってもその時は現れず、視線の回数ばかりが増えていった。チラチラとチラチラと。いい加減ムズムズと皮膚に痒みさえ感じ始めたので、本人に意図を尋ねてみることにした。
「ずっと俺の方を見ていただろう」
「ぼふぇっ!!」
そう言うと視線の主、バレンタインは普段の氷のように静かで冷静な態度から一変、声を裏返して狽した。
「どうした?俺に言いたいことあるんじゃないのか?」
じっと目を見つめ問い詰めると、バレンタインは俺の視線を避けるように俯き、聞き取れるかとれないかぐらいの小さな擦れた声で呟いた。
「た、たいしたコトではありませン」
そんな訳はない。本当に大した事でないならば言えるはずだ。
「本当か?」
「はィ……」
とは言うが、語尾は裏返っていた。どうにも納得がいかない。バレンタインという男はとても優秀な部下だ。視野が広く、細かい所にもよく気がつき、対応力もある。何より普段から冥界三巨頭である自分に対しても、間違いだと思う所があれば、恐れず進言してくるような度胸がある男だ。そんな奴がチラチラと視線を何度もよこしてくるのだ。よほど難儀なことで悩んでいるに違いない。
だからこそこうして人払いも兼ねて、辺境の嘆きの壁にまで視察の補佐に指名して連れて来たのだ。周囲には俺たち以外誰もいないのだから気兼ねすることなどないはずだ。
だがバレンタインは俺の視線に脅えるように縮こまっているばかり。
ただ普通に見ているだけなのだが、昔からよく目つきが悪いと、他人から必要以上に恐れられた。それは冥界に来ても同じだった。
しかしそんな中、こいつだけは部下という立場でありながら、俺に真っ向から挑んできた。そしてカイーナの配属を自ら俺に志望してきた奴だった。
だからか、今のバレンタインの態度には正直な所、がっかりしていた。思わずため息が漏れた。
「無理に話せとは言わないが、俺はお前を信頼している。だからこそ側に置いている。悩みがあるならば力になろう」
俺は自分を過信していただけで、さほど部下から信用されていないのだなと。
バレンタインは俯いて黙したままだった。
これ以上追い詰めることもあるまい。翼を広げ、崖から降りようとすると、背後でバレンタインが叫んだ。
「ラダマンティス様!」
振り返ると、バレンタインがこれでもかと顔を赤くして拳を握りしめていた。
「あっ、あの、その……私はずっと、ずっとラダマンティス様のことが……」
はぁはぁと息を見出し、目は赤く充血していた。まるで決死の形相。一体何を告白しようとしているのか。
「ラダマンィス様が……す、す……すっっ」
俺が……何だというのか。
思わず首を傾けるとバレンタインは思いもしていなかった言葉を吐き出した。
「す、好きな食べ物は何ですか?」
「は?」
予想外の質問に思わずおかしな声が出た。
好きな、何だと?
頭の中が整理できない状態のまま、バレンタインはさらにまくしたてる様に言葉を続ける。
「その、そう!連日の激務のせいかラダマンティス様の顔色が悪いのではないかとずっと気になっていまして。もしかしたらあまりまともな食事を摂られてないのではないかと心配だったんです。それでさしでがましいようですが、何か差し入れができないかとずっと考えていて、それで、あの、その、はい!そういう事なんです!!」
「……そんな事で悩んでいたのか?」
繊細な奴だとは思っていたが、まさかそんな所にまで気を使っていたなんて……いやむしろ気を使いすぎだろう。だがバレンタインにとっては大事なことだったのか。今は言いきった反動で、燃え尽きた様に放心している。
「申し訳ございません、ラダマンティスさま、いらぬご心配をおかけして……」
「甘い物が食べたい」
そう返事をするとバレンタインは目をまるくして聞き返してきた。
「え……?甘い物、とはもしかして菓子やデザートの類ですか?」
「ああ」
「甘党、なんですか?」
「ああ」
「……」
質問されたから答えたのに、何故黙るのか。
「お前が聞いてきたんだろう」
正直に答えたのに、どうして絶句されなくてはならないのか。
本当は言いたくなんてなかった。自分のような厳つい男が甘いものが好物などと言えば、失笑されるのは今までの経験から目に見えていた。
だがバレンタインが俺の体調についてこんなにも思い悩んでくれているのだと思ったら、俺も正直に答えねばなるまい。そう思ったのだ。
なのにこいつときたら無表情のまま固まっている、くそっ。
羞恥心が込み上げる。顔が赤くなっているのを見られたくなくて、とっさに顔を背ける。
「お任せ下さい!」
甲高いバレンタインの言葉。振り返るとバレンタインは自信にあふれた笑みを浮かべていた。
任せろとは、つまり俺の要望に応えてくれるということなのだろうか。
「本当か?」
思わずこちらも聞き返す。
「ええ、こう見えて料理は得意なんです。期待していて下さい」
やった!と思わず顔がだらしなくにやけた。
それを一瞬とはいえ他人に見られたのは気恥かしかったが、バレンタインも同じように笑っていたのでまぁ良しとした。
ああ、そういえばこんな風に誰かと笑いあうなんて冥界に来て初めてだなと、不思議な気持ちになった。